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【なぜ政治家を志したか】

私が当選したのは1998年7月の参議院選挙ですが、最初に立候補したのは96年の総選挙でした。旧日本興業銀行(合併して現在はみずほ銀行)に務めていましたが、95年に退職し、立候補しました。

もともと政治に関心は持っていたのですが、二世、三世でもありませんし、地盤があるわけでもありませんので、(自分が議員になるのは)なかなか難しいだろうと思っていました。ところがたまたまある日、新聞で当時の新進党が候補者を公募するという記事を読みまして、公募試験を受けたところ合格したのです。自分から試験を受けておきながら、じつは銀行を辞めることについてはかなり悩みました。その時に最終的に背中を押してくれたのは、アメリカ留学(スタンフォード大学)のときの仲間の言葉でした。ベンチャーなどをやっている人が多いのですが、「自分は政治をやってみたい」と言ったら、「やればいいじないか」と。「やってみてだめだったら、また仕事はあるよ」と。それを思い出しまして、なんとかなるだろうと、仕事を辞めて選挙に出たわけです。

政策については、サラリーマンを中心に、社会に対する貢献の割に政策的な恩恵を受けていない人が多いというところを変えていきたい、いわゆる生産者中心の社会から消費者中心の社会に変えていきたいという政策を掲げて選挙に臨みました。しかし選挙と政策というのは若干違っておりまして、例えていうと、おすし屋さんで見ていると自分にも握れそうだと思うけれど、やってみるとまったく握れない、というような感じですね。まったくやったことがなかったこともあって、最初の選挙は残念ながら落選いたしました。

ご承知のように、新進党は97年末に解党してしまいましたが、その新進党の枠組みから参議院選挙に出ないかというお話を、九八年はじめにいただきました。いろいろな方とご相談したのですが、チャンスがあるなら挑戦したらいい、ということで立候補し、当選したわけです。

当選してから6年になるわけですが、政治家を志したときから今も変わっていないことは、何のために政治家をやっているかということです。日本の社会をもっと、生活観のある消費者重視の社会に変えていきたいということ、もう少し踏み込んでいうと、一人ひとりが自己実現をできる社会にしていきたということです。誰にも何度でもチャンスのある社会にしていきたい、生きていて楽しいと思える社会をつくりたいということで、政治の道を志したわけですが、これはまだまだ道半ばという状況です。

チャンスが何回かある社会というのは、いろいろな法改正もあって少しずつ進んできてはいますが、それ以前に夢をみつけることが難しい、みつけられない人が増えてきているのではないか。ここをどう解決していくか。これは大きな問題ですが、引き続き取り組んでいきたいと思っています。



◇政治家としてのありかた◇

古賀潤一郎さんの問題もありましたが、世間の人が政治家を見る目は非常に厳しいと思います。さきほどおすし屋さんの例え話をしましたが、おすしなら出されたものを食べてみればすぐ分かるわけですが、政治の場合は、ほんとうに浅尾が(これこれのことを)やったのか、なかなか分かりにくいですよね。だからこそなおさら、政治家の場合は言葉や書いたものが大切で、そこにウソがあったら信用してもらえないと思います。

政治家というのは自分ひとりの力だけではできない部分が多いからこそ、言ったこと、書いたことには責任があると思います。約束を守り、守らせないと、政治に対する信頼は確立できないでしょうね。

もうひとつ、本当に政治家がしっかり活動できるようにするためには、政治家と選挙というのは分けていくべきだろうと思っています。いい政治家を生み出すための選挙の部分は、それとしてしっかりやれるようにする。例えて言えば、われわれ政治家は芸能人みたいなもので、芸能プロダクションの社長というのは別にあるべきなんですね。ところが現在は、私も含めて多くの議員は両方を兼ねているわけです。これを分離することが、いい政治家をつくることにつながるのではないかと思います。

イギリスでは政党の支部が選挙はしっかりやる。そこで候補者も選抜するし、育成もするわけですね。そうした政党支部では、普通の人が党員として日常的に議論し、活動していて、そうしたなかで政治家を目利きしていくわけですね。そういう姿を目指すべきだろうと思います。